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  • 2008.12.16 Tuesday
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「構造改革」とは何だったのか

昨日ご紹介した野口教授は、「構造改革」とは何だったのか、をとてもわかりやすく説明されています。

「経済学を知らないエコノミストたち」野口旭 著 2002年6月発行 より

構造改革とマクロ経済政策(P.46)
(略)

いわゆる「構造改革論」に対する私の批判は、「構造改革とマクロ政策の政策割り当てを取り違えるべきではない」ということに尽きる。

つまり、構造改革は構造問題を解決するための処方箋であり、マクロ経済政策はマクロ経済の安定化、すなわち景気の調整のための処方箋ということである。

そして、その観点からすれば、「構造改革なくして景気回復なし」というスローガンは倒錯としかいいようがないのである。

端的にいえば、構造改革とは、資産配分の効率性改善へのインセンティブ(誘因)を生み出すような各種の制度改革のことである。

たとえば、公的企業の民営化、政府規制の緩和、貿易制限の撤廃、独占企業の分割による競争促進などがそれにあたる。

それらは、一国の希少な生産資源、すなわち資本や労働などの、より適正かつ効率的な利用をうながし、潜在GDPないし潜在成長率の上昇に寄与する。

つまり構造改革とは、経済の効率性向上をつうじたサプライサイド(供給側)の強化策である。

それに対して、現実の成長率が潜在成長率と乖離しているときに必要になるのが、マクロ経済政策である。

現実成長率が潜在成長率を下回るということは、経済全体の総需要が総供給(=潜在GDP)に対して不足していることを意味する。

つまり、デフレ・ギャップが存在しており、デフレと失業が発生する。それが「不景気」である。

逆に総需要が総供給を上回り、インフレ・ギャップが存在するときには、インフレが発生する。それが「景気過熱」である。

マクロ経済政策とは、総需要の調整によってこのGDPギャップを縮小させ、適正なインフレ率と失業率(自然失業率)を達成し、さらにそれを維持する政策である。

換言すれば、現在成長率を潜在成長率に近づけ、景気を平準化させ、所得、物価、失業率を安定化させるのが、マクロ経済政策の役割である。

この両者の関係は、マクロ経済学の基本的枠組みの一つである総需要・総供給(AD-AS)分析を用いることで、容易に理解できる(「キーワード解説3」参照)。

潜在GDPとは、長期総供給曲線に対応するGDPであり、それと現実GDPとの差が、デフレ・ギャップである。このデフレ・ギャップが拡大すればするほど、物価は下落し、失業が拡大する。

これはまさに、90年代の日本経済そのものである。

重要なのは、この状況でいくら「構造改革」を行っても、デフレの阻止や失業の解消にはつながらないということである。

上述のように、構造改革とは潜在GDPを拡大させる政策であり、それは総需要・総供給分析の枠組みでいえば、長期供給曲線を右にシフトさせるということに他ならない。

その場合、総需要が一定であれば、デフレ・ギャップは確実に拡大するから、デフレと失業はさらに深刻化する可能性が高いのである。

もちろん、構造改革と同時に需要拡大のための十分なマクロ経済政策を実行すれば、このような問題は生じない。

そして、適切なマクロ政策によってGDPギャップさえ解消できれば、潜在成長率の上昇それ自体はきわめて好ましいことである。


不況の原因にはなり得ない「構造問題」(P.140)
(略)
そもそも、「戦後日本経済の成功は官僚主導の日本的システムによるもの」という考え方自体が、実は非常に疑わしいのである。

日本株式会社の典型とされてきた通産省の産業政策についても、経済学者の多くは、その役割をきわめて否定的にとらえてきた(この点は野口前掲書も指摘している)。

大蔵省の護送船団方式にしても、それが非効率の温床にすぎなかったことは、今となっては明白であろう。

冷静に振り返れば、こうした官僚優位や過剰規制の弊害は、現在よりも過去の方がはるかに甚だしかった。にもかかわらず、過去の日本経済は成長し、現在は停滞している。この事実は、これらの要因がこの十年の不況とは無関係であることを示唆する。

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ようするに、「構造改革は単なる制度改革で、経済政策ではない」、ということです。‥言ってしまえば、身も蓋もないフレーズですねぇ‥はぁぁ〜。

非常に野口教授のご説明はわかりやすいと思うのですが‥2002年頃に、テレビでこのような説明をしている方を見たことが無い。

構造改革とは、供給側(たとえばメーカー)の効率を図ろうとするもの。制度改革すればするほど、供給力と対応する「潜在GDP」はますます増えていく。

不景気は、需要側(たとえば消費者)の購買力が、増えてしまった「潜在GDP」よりも下回っていること。とりあえず、手持ちのお金が増えなければ、購買力はあがらないから「現実GDP」は増えない。

よってますます「現実GDP」と、景気の理想である「潜在GDP」との乖離は進む。
ますます不景気になる。

‥っていうことですよね?!野口教授!

なるほど、まさに『「構造改革なくして景気回復なし」というスローガンは倒錯としかいいようがない』です!!

でもこのフレーズにほとんどの国民が熱狂していました。
「構造改革」=官僚国家を改革すべきだと誰もが思っていたから。そしてその先に、景気回復があると信じていた。

そしてそれは、マクロ経済学では全く成立しえないフレーズであった、と‥。


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改造すべき「構造」とは何か(1)

『エコノミストは信用できるか』東谷 暁 著 2003年11月発行 より

改造すべき「構造」とは何か(p.112)

1ドルが何円に相当するか。その値を為替レートという。変動相場制を採用すれば、二カ国間の為替レートは、それぞれの国のインフレ率で決まると、普通の経済学教科書は教えている。
アメリカがものすごいインフレになったのに、日本の物価がほとんど横這いであれば、ドルはどんどん安くなり、したがって円はどんどん高くなる。

一方、現実に為替レートの変動を観察してビジネスに役立てようとする人たちのかなりの部分は、貿易の黒字・赤字の大きさを見て為替レートの動きを判断しようとする傾向が強い。アメリカの貿易赤字が累積し、日本の貿易黒字が累積すると、ますますドル安円高になると考えるのだ。

しかし、いずれの場合でも、ドル安円高が「日本は卑怯だから」とか「日本の構造がおかしいから」という議論には直接結びつかない。むしろ、「アメリカの経済政策は失敗している」とか「アメリカは過剰消費だ」という議論のほうが、まだ妥当性をもつ。
さらに、現在のように各国通貨が投機の対象となってしまえば、為替市場には別の思惑も働くだろう。

ところが、どういうわけか90年代に入ると、日本では前者の議論ばかりが隆盛をきわめたのである。


すべては日米構造協議で始まった(p.113)

すでに第3章で見たように、97年の橋本財政改革は「行政構造改革」とも呼ばれ、日本の行政も財政も「構造」そのものを改革するとの意気込みでなされたものだった。しかし、実際に行われたのは、官公庁の名前を付け替えただけの再編と、危機的状況の中で行われた自殺的な財政縮小に過ぎない。

それ以後も「構造改革」は繰り返し唱えられ、2001年4月に成立した小泉政権は「構造改革無くして景気回復なし」と宣言して、構造改革路線をひたすらに突き進んだ。その結果がさらなる長期停滞である。

そもそもこれまでいわれてきた「構造」とはいったい何だったのだろうか。それを知るためには、89年から90年にかけて開かれた日米「構造」協議にまでさかのぼる必要がある。

この日米構造協議は、87年のブラック・マンデー以後、経済停滞にあえぐアメリカ政府が、財界の要請や世論の圧力に押されて、日本から経済的妥協を引き出すため開催を強く日本に要求したものだった。

すでに日本の貿易黒字は膨大な額に達し、逆にアメリカの貿易赤字も巨大なものになっている。この「貿易不均衡」を解消しなければ、世界経済は健全に進展しないというのが、アメリカ側の主張にほかならない。

このときバブルの絶頂にあった日本は、アメリカ側の意図を読み誤った。ふたを開けてみるとアメリカ側は全部で200項目以上もの問題点を提示したのに、日本は十数項目に過ぎなかったといわれる。また、マスコミの予想も、全く甘かった。

ことに甘かったのが日本経済新聞で、89年8月22日付けの社説では「構造協議への米の期待過剰を戒める」とのタイトルで、「米側の期待があまりにも大きく、まさに過剰期待になっている」と指摘、「9月から本格的に始まる日米構造協議には、貿易不均衡の是正には限界があるという認識をしたうえで臨んでほしい」と要請していた。

ところが協議が始まってみるとアメリカ側は強引で、一方的にアメリカのペースで進められていく。日本経済新聞は翌年4月6日の社説で「日本側の認識が甘かった構造協議」と題して「日本側が協議について楽観的な見通しを持ち過ぎていた」と批判。しかし、楽観的だったのは同紙も同じだったのである。


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改造すべき「構造」とは何か(2)

『エコノミストは信用できるか』東谷 暁 著 2003年11月発行 より


アメリカが日本に改革を要求した「構造」(P.114)

このとき、協議が進むにつれて膨大にあったアメリカ側の問題点の指摘は、次第に6つの要求に絞られ、アメリカの「目的」がますます明瞭になっていった。

第一が、日本はもっと公共投資をすべきだということ。下水道や道路、公園などの整備のために、3〜5年で公共投資をGNP比で10%まで引き上げるべきだ。

第二が、土地の高価格が消費抑制を導き、外国企業の参入障壁になっているので、供給促進のための土地税制を改革し、容積率などの規制緩和を実行すべきだという要求。

第三が、複雑な流通制度を改め、外国企業が参入しやすいようにすべきだということ。とくに大規模小売店法を緩和して、数年後には廃止すべきだと主張。

第四が、排他的な取引慣行を解消するため、独禁法を強化すべきという要求。たとえば「談合」の規制などを強化すべきだという。

第五が、金融や企業にみられる「系列」に対して、何らかの対策を採るべきだという要求。系列は参入障壁となり、また株式の相互持ち合いが自由な商取引を妨げているという。

第六が、内外価格差が大きく、円高差益が十分に還元されていないのは問題だと指摘。内外格差を解消すべきだと主張。

さらに、協議の進展にともなって、アメリカ側は公共投資の増額、独禁法の改正、大店法の廃止に絞り込んでいった。つまり、日本はアメリカのモノの購入を進んで受け入れろということにほかならなかった。

この協議のなかで、86年に日本が発表していた『前川リポート』が内需拡大を主張していたことをアメリカ側は繰り返し衝いてきた。内需を拡大し、海外からの参入を容易にする方針は、すでに日本側でも提示していたではないかというわけである。

当時、日本の経済進出によって職を失ったと信じるアメリカの労働者や、ゲッパート下院議員のようなジャパン・バッシングを票獲得の手段としていた政治家たちは、日本の貿易黒字をアンフェアな方法によって得た利益だと批判していた。

しかし、まともな経済的知識をもっていれば、日米貿易不均衡の最大の原因は、アメリカ国民の消費が伸び続け、その一方で日本国民の貯蓄率が高止まりしているためだと認識せざるをえなかっただろう。

事実、連邦準備制度理事会のポール・ボルカー議長は、84年7月、アメリカ議会において「直接的・間接的に、われわれの財政赤字は外国からの資本流入によって賄われている」と発言。87年2月には、アメリカ上下両院合同委員会で率直に「要するにアメリカは、個人も政府もモノをつくる以上にカネを使って、能力以上の生活をしている」とすら証言していたのである。

前出・日本経済新聞の89年8月22日社説も「日米間の貿易の不均衡は、基本的には双方の「マクロ経済政策、環境のスレ違いにある」と、ごく普通の経済的認識に立って論じていた。問題は、政治的にどこまで摺り合わせができるかということにつきた。


日経の「屈服」とクー氏の「隆盛」(P.116)

ところが、90年からの株式市場のバブル破裂、91年から始まった土地価格の急落は、日本経済の繁栄だけでなく、こうした冷静な認識すらも崩壊させてしまった。

かつてアメリカを「戒め」た日本経済新聞は、それまでの日本経済・礼賛路線から急激に路線を転換、90年6月30日の社説は「日本的商慣行から不透明さをなくせ」となり、同年9月9日には「構造協議の厳しさを忘れていないか」と題する社説を掲載して、今度は日本の読者たちを「戒め」始める。

時期を同じくして、当時慶應義塾大学助教授だった竹中平蔵氏は、91年6月刊の『日米摩擦の経済学』(日本経済新聞社)などで、アメリカに文句を言われるまえに、自主的に構造調整をしようとさかんに主張した。それが、国際経済を安定させるための日本の任務であり、その結果、日本は豊かになるというわけである。

「内外価格差の解消、労働時間の短縮、その他もろもろの規制緩和といった、いわゆる日本経済の構造調整は、長年の国内的課題である国民生活の豊かさの実現をはかるものである。その意味で今日の日本経済は、政策選択という点でこれ以上ない幸運な立場にあるとも言える」

ついに、93年9月6日付けの日本経済新聞の社説では、日米構造協議でのアメリカ側の主張をあたかも自社の社是であるかのように論じて、次のように述べるにいたる。

「日本経済は内需低迷で経常黒字が膨らみ、それが円高につながり、自動車、電機など基幹産業の不況を招くという悪循環に陥っている。円高のメリットが生かされない一方で、円高が基幹産業の実力を上回るところまで進行した。そうした仕組みを断ち切るには、日本経済を思い切って内需主導型、生活重視の構造に変えるしかない」

この時期、もっとも人気が高かったエコノミストが、野村総合研究所のリチャード・クー氏だった。クー氏も日米構造協議でのアメリカ側の主張をそのまま支持して、すでにバブル崩壊で混乱をきわめる時期に「日本は構造を変えて、内需を拡大せよ」と盛んに論じた。

たとえば『週刊東洋経済』93年10月23日号でクー氏は論じている。
「日本国内の論調が1ドル105円を割ったあたりからガラリと変わり、‥‥日本の経常黒字こそ円高の原因だという捉え方に変わってきた‥‥。さらに1ドルが100円近くになると、日本経済は規制緩和が必要だ、市場開放だという声が急激に増えていった。これらの主張は米国のこれまでの主張と同じであり、このような声が1ドル100円割れでいっそ大きくなることは、米国にとっても大いに結構なことである」

こうした経常黒字が円高の原因で、それは規制緩和と市場開放で解消すると言う主張は、必ずしも経済学的に厳密な議論とはいえない。少なくとも、リチャード・クー氏のかつてのボスだった元FRB議長ポール・ボルカーの考えとも異なっている。しかし、アメリカの強い内需拡大要求、日本政府の不本意な妥協、経済マスコミのアメリカへの追従のなかで、クー氏の主張は、あたかも現状を適切に説明しているように見えたのである。


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改造すべき「構造」とは何か(3)

『エコノミストは信用できるか』東谷 暁 著 2003年11月発行 より


経済学を知らないエコノミストVS脳死状態の投資家(P.118)
(要旨)
リチャード・クー氏に代表される議論にもっとも激しく反論し、日米構造協議でアメリカが主張した日本経済の閉鎖性を否定したのは、意外なことに国際経済学の大御所である小宮隆太郎氏だった。

小宮氏は、その国の「総投資」が「総貯蓄」を上回るときには、貿易収支は赤字になるのであって、リチャード・クー氏のいうように円高とか円安などの為替レートとは関係ない、と論じた。(「経常黒字減らしは必要か」週刊東洋経済、93年7月10日号)

「ある国の経常収支の黒字・赤字と、その国の市場の開放性・閉鎖性とは関係ない」
「米国の低い貯蓄も、財政赤字も、米国民が選んだものであり、他国が押し付けたものではない」

小宮氏の理論は国際経済学でいうところの「投資・貯蓄バランス論(IS論)に基づくものであり、とくに目新しいものではない。
これは経済収支が対外投資と等しくなるから、国内における超過貯蓄に関する次の式が成り立つ、というもの。

国内の超過貯蓄 = 貯蓄(S) −国内投資(I) = 対外投資 = 経常収支

これより、経常収支の黒字の縮小は、国内経済の投資・貯蓄バランスの変化を伴っていなければならないことが示される。
小宮氏の理論は80年代末の日本経済新聞の論調や、ボルカー両院委員会での証言とほぼ軌を一にするものであった。

これに対してクー氏は「小宮理論」を批判。
「『悪い円高』とは‥‥輸入障壁や商習慣の違いから、なかなか増えない輸入に対して、輸出が減る形で不均衡が是正される」
「ISバランスの理論が、脳死状態の投資家を前提に成り立っていることに全く気付いていない」(東洋経済新報社、94年7月)

小宮氏も反論する。
「このような理論が気に入らないのであれば、何も「小宮理論」を批判・攻撃する必要はなく‥‥国際マクロ経済学の理論一般、否、経済学の静学理論のすべてを批判・攻撃すればよかった」(東洋経済新報社、94年9月)

この論争は延々と続いた。
赤羽隆夫氏(元経済企画庁事務次官、日本の市場開放を主張する『前川レポート』を起草) → 小宮氏を批判
岩田規久男氏(上智大学教授(当時)、小宮氏の弟子筋) → クー氏と赤羽氏を批判
野口旭氏(専修大学教授) → クー氏と赤羽氏の著作を「トンデモ本」を揶揄して話題に


円安になり、クー氏の議論は空中分解へ(P.121)
(要旨)
クー氏の「悪い円高」論は、現実に為替レートが円高から円安に転換することで論拠を失ってしまった。

95年に榊原英資氏が大蔵省金融局長に就任すると、同年に1ドル79円まで高くなっていた円は、急速に円安基調に転換。榊原氏は「ミスター円」と呼ばれた。翌年には109円、98年には130円にまで下がった。

するとクー氏は次のように述べてしまうのである。
「構造改革が遅れ、国内に有効な投資先がない中で円安が進んでいる。企業も再び輸出を増やしている。ルービン長官の本音は『円安は困る』ということではないか。米国の圧力により円高反転に向かう懸念が膨らんでいる。日本は規制緩和を急ぐ一方、財政政策で国内の投資機会を増やすべきだろう」(97年3月4日、日経金融新聞)

ここまでくると、もう円高は構造改革とは関係ないと事実上認めているようなものだ。構造改革が遅れ、規制緩和も進まず、企業が輸出を増やしているのなら、クー氏の理論でいけば、円高にならなければおかしい。ところが円高にするのは「米国の圧力」だ、というのである。ここに至って、「悪い円高論」は空中分解したと見てよいだろう。

驚くべきは、この後のクー氏の論調の転換である。日本経済が健全化するために構造改革や規制緩和をすすめていたのだから、その後も構造改革論を展開するのが筋というものだが、96年頃から論点を財政出動に転換し、ついには「構造改革論者の無責任な発言」という小論を寄せるに至る。「国民を路頭に迷わせ、事態を悪化させるだけで、責任のある行動とは思えない」(週刊東洋経済、99年6月5日号)

では、バブルが崩壊して日本経済が混乱の極みにあった時に根拠薄弱な論理で「構造改革」を煽ったエコノミストの言説は「責任のある行動」だったのだろうか。いまやチャッカリと「日本の企業を復活させるまで財政出動を行え」と論じているが、その議論もいったいどこまで本気なのか判断がつきかねる。

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う〜ん‥ここでも、「構造改革」と「財政出動(経済政策)」が対比されている‥。
先日の野口教授の論だと、それは「倒錯でしかありえない」んですけどね。

詳しくは → 「構造改革」とは何だったのか


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改造すべき「構造」とは何か(4)

『エコノミストは信用できるか』東谷 暁 著 2003年11月発行 より


日本は物価が高いという説の錯乱(P.123)
(要旨)
アメリカが政治的意図で始めた日米構造協議は、さらに多くの奇妙な議論を日本国内に生み出した。
竹中氏の「内外格差を是正しなくてはならない」という説もその一つにほかならない。

アメリカのベイカー財務長官は、就任直後の85年2月から為替市場に口先介入を始めた。同年9月のプラザ会議で日本の同意を取り付けると、さらに激しい口先介入でドル安・円高基調を醸成していった。

もちろん、口先介入でドル安基調を作りさせたのは、あまりにもドル高になっているという認識が世界に蔓延していたお蔭だが、85年に1ドル=240円だった為替レートは2年後に1ドル120円にまで変化して、実に円はドルに対して2倍もの価値をもつことになったのである。

当時、日本人は海外に出向くと、同じ円で2年前の2倍の財とサービスを手にすることができた。しかし、その反面、製品を日本からアメリカに輸出するさいには、二分の一の値段で販売せざると得なくなった。

日本国内では消費者を中心に、「日本は物価が高い」という時間が広がり、一方製造業者を中心に「円高で輸出が難しくなった」と語る人たちが多くなった。あまりにも急速に為替レートが変化したため、認識上の混乱が生まれたのである。

この混乱を冷静に説明するのが、エコノミストあるいは経済学者の役割だったはずだろう。

ところが、香西泰氏(日本経済研究センター・当時)と中谷巌氏(一橋大学教授・当時)は、内外価格差の「克服」について、奇妙な対談をしている。
「出口があるとすれば、内外価格差を思い切って縮小すること。あるいは規制緩和で生産性をあげることでしょう。そうすると実質所得があがる」(潮、94年2月号)


内外価格差は「克服」されるべきものなのか(P.125)
(要旨)
しかし、内外価格差に問題があるとすれば、円高にもかかわらず、その差益が十分に還元されていないということに過ぎなかった。

たとえば、円が二倍の価値をもったので、同じ量の原油をそれまでの二分の一で買える。ところが原油を材料にする石油製品の価格が、少しも下がっていないというような事態である。

ところが両氏が論じているのはそうではない。内外価格差は「克服」できる、という前提で話しているのだ。
しかし、経済が「強く」なると為替レートが上がるのは仕方のないことであり、また、経済的に繁栄している国内の物価は、海外に比べて高くなるのは歴史的にみても当たり前のことだった。

香西氏、中谷氏の両氏に限らず、当時の日本では「内外価格差」のために国民は損をしているから、「規制緩和」すれば国民は損をしなくなるというエコノミストが蔓延し、国民は構造改革のひとつである「規制緩和」が、すべての問題の解決策であるかのように思い込まされてしまったのだ。

もちろん、こんなデタラメな議論を根拠とする規制緩和が日本経済の救世主となるはずはなかった。


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改造すべき「構造」とは何か(5)

『エコノミストは信用できるか』東谷 暁 著 2003年11月発行 より


日本は高コスト経済だから没落する?(P.126)
(要旨)
この「内外価格差」論は、さらに「高コスト経済」論として論じ続けられた。日本経済は製造に高い費用のかかる「高コスト経済」だから、産業は「空洞化」する。それを阻止するためには、日本経済を「低コスト経済」にしなくてはならない、といういうわけである。

この議論は、想像されるように、竹中平蔵氏、香西泰氏、中谷巌氏、などを中心に唱えられた。
中谷氏は、日本経済は「高コスト」だから、何らかの形で解消しないと産業空洞化を導くと主張。(「日本経済の歴史的転換、東洋経済新報社、96年4月)
香西氏は「内外価格差の問題は、日本国内における、ある産業の存立、存亡にかかわる問題に転換」したと論じた。(「論争」96年9月号)

香西氏の「高コスト」論における矛盾をついたのは、当時、長銀総合研究所副理事長だった吉冨勝氏だった。
「大きな問題点は二つある。一つは円高と高コストの因果関係についての考え方が堂々巡りになっていること。もう一つは、貿易に比較優位説を忘れ、絶対劣位説とでも名付けるべき考えに陥っていることである」(「論争」96年11月)

吉冨氏によれば、中期趨勢的な貿易収支は、構造的な「投資・貯蓄バランス」で決まり、また、円高や円安かの為替レートは、それぞれの国のインフレ率の差で決まるという。小宮氏と同じこの前提からすれば、日本が円高になっているというのは、他の国に対して貿易財の生産性を上げてインフレを低く抑えているからにほかならない。
それなのに、なぜ日本を「高コスト経済」といえるのか。

また、貿易についても、これまで花形産業であった自動車や家電などが海外に生産拠点を移しているので、日本産業は空洞化しているかのような印象をもつが、現在、日本の輸出の中心はロボットや液晶・電子デバイスなどに移りつつあるという。こうした現象は「空洞化」と呼ぶべきものではなく、リカード以来、論じられてきた貿易の「比較優位」による産業構造の調整にほかならない。したがって、これまで花形だった産業がいつまでも国内のとどまるべきだと考えるのは、貿易の原理を忘れた議論だということになる。


「私の高コスト論は仮説である」 (P.128)
(要旨)
リカード以来の「比較優位」説について
イギリスがスペインに毛織物を輸出、ワインを輸入する場合
一見、イギリスの毛織物産業の生産性がスペインの毛織物産業より高いからだと見なしがちだが、実はそうではない。
スペイン国内において、ワイン産業の生産性が毛織物産業の生産性より高い。
イギリス国内において、毛織物産業の生産性がワイン産業の生産性より高い。
この場合に、
イギリスは毛織物を輸出、スペインはワインを輸出したほうが、
世界全体でみれば、富はより多くなる。

上記の比較優位が成立するには政府などの介入がない完全な自由貿易であればという条件が必要となり、産業によっては成立しにくい、などの議論もある。

しかし、戦後の日本やアメリカの産業構造の変化をみれば「比較優位」によって構造調整が促されてきたとみなすことができる。

吉冨氏に対する香西氏の反論は「私の議論は確立された真理を説くものではない。むしろ問題や仮説を適するのがねらいだ」(「論座」97年1月号)
こうした香西氏の議論には矛盾がないのだろうか。


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改造すべき「構造」とは何か(6)

『エコノミストは信用できるか』東谷 暁 著 2003年11月発行 より


異端説を採用しても「高コスト」ではない (P.129)

この「高コスト」論争は、政治的には「高コスト」派が勝利した。というのは、97年5月に「経済構造の変革と創造のための行動計画」が閣議決定されてしまったからである。
この中には「高コスト構造の是正」が重要項目として提示されていた。橋本政権は大胆にも「異端説」を採用したわけだ。

しかし、この奇妙な「高コスト」論に対する批判は、この閣議決定以後も続いた。たとえば山家悠紀夫氏(第一勧業総合研究所専務理事・当時)は、「高コスト」論と「産業空洞化」論を激しく批判している。(「偽りの危機 本物の危機」97年10月)

興味深いのは、山家氏が吉冨氏のような「通説」ではなく、リチャード・クー氏や香西氏のように「異端説」を採りながら、「高コスト」説は間違っていると結論づけたことだ。

山家氏は、為替レートは「経済収支の動き、とりわけモノの動きを反映して決まる」という。円高・円安は経常収支、つまり貿易の黒字・赤字によって決まる、というのだから、クー氏や香西氏と同様である。しかし、そこから導く結論はまったく異なる。

「『高コスト危機説』が『内外価格差』論議と同じ論拠にたっているということは、『内外価格差』論議と同様に間違っている」というのである。

そもそも内外価格差とは何か。
貿易財で決まる為替レートにより非貿易財を計れば他の国より高く見える。日本は海外に輸出する貿易財産業は生産性を高めたが、国内だけで消費する非貿易財産業はそれほど生産性を高めてこなかったからだ。

しかし、日本の非貿易財が日本の貿易財に比べ、生産性が低いからといって、日本経済が「高コスト」だということにはならない。

なぜなら、貿易財を製造する際には輸送や通信などの国内の非貿易財(およびサービス)が使われている。円高を招く日本の貿易財の強さは、こうした高いはずの非貿易財の諸コストを織り込んだ上での結果だからである。

「正しい論理はこうである。日本の貿易財産業は生産性が高い。その高い生産性を反映して為替が円高になる。‥‥仮に何らかの努力により、非貿易財産業の生産性が上昇し、その価格が下がったらどうなるか。貿易財産業のコストは下がるから貿易財価格の引き下げが可能となる。‥‥これは日本の貿易収支なり経常収支なりの黒字を増加させることになって新たな円高が進む要因となる。‥‥『高コスト危機説』は、‥‥論理上も破綻している」


日本は「高価格国」なのだろうか (P.131)
(要旨)
もともと、リチャード・クー氏の「悪い円高」論も、香西氏、中谷氏の「内外価格差」論および「高コスト」論も、日米構造協議によって日本の「構造」が批判されて以後に隆盛を見た議論だった。そして同じく「通説」を無視するか、批判的な立場をあえて採用することで、もっともらしい議論を展開した。

ここには90年代のバブル崩壊以後における日本経済の衰退を、アメリカ側の政治的な意図に沿う形で説明する、倒錯した姿勢が見られる。バブル崩壊によって生じた日本経済の後退を、それ以前からの「構造」のせいにする奇妙な議論だったのである。

しかし、日本経済は「構造」がおかしいから「高コスト」であるという曖昧模糊とした主張は、最近のデフレ論においても跳梁跋扈することになった。日銀などが主唱した、いわゆる「良いデフレ」論である。技術革新が進むことによってハイテク製品が安くなる。また、安い輸入製品が入ってくることで、日本の内外価格差が解消するきっかけとなり、高コスト経済が是正される。これは「良いこと」ではないか、というわけだ。

中谷氏の「内外価格差の克服」も同じ議論である。野口悠紀雄氏(東京大学名誉教授)も「良いデフレ」論を唱えている。(週刊ダイヤモンド、2001年10月20日号)

しかし、パソコンなどのハイテク製品の急速な低価格化はアジアでも中国でもほぼ同じ速度で起こっているため、「内外価格差」の解消には関係ない。
またアジア、中国の安い製品が輸入され、日本国内の同製品の価格を下落させたところで、物価全体に与える影響は必ずしも大きくなく、また同じ効果はアメリカやヨーロッパの国々にも及ぶのだから、日本だけがこの効果を利用して「以上な高価格」から「標準的な物価体系」の国に転換できるわけがない。

日本=内外価格差が大きい国、日本経済=高コスト問題を抱えた経済、したがって日本は構造改革によって、これらの問題を解消すべきだという思い込みは、90年代を通じて日本経済論を混乱させ、名のあるエコノミストたちの議論に忍び込み、いまも経済論議を混乱させている。


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改造すべき「構造」とは何か(7)

『エコノミストは信用できるか』東谷 暁 著 2003年11月発行 より

いったい何が「構造」なのか分からない (P.133)

「構造改革」という言葉で指摘されるものが、いったい何を意味していたのか。いまではますます不明瞭になってしまった。

2001年、小泉政権が成立すると、小泉首相は「構造改革なくして景気回復なし」と唱えたが、この時点で「構造改革」と呼ばれるものは、次に示すように膨大な数に膨れ上がっていた。

流通機構を改める構造改革、財政を変える構造改革、産業構造を調整する構造改革、金融システムの構造改革、官庁の名前を変える構造改革、政治制度を変える構造改革、社会保障の制度を変える構造改革、医療制度を変える構造改革、税制を変える構造改革、中央と地方の関係を変える構造改革、IT革命が円滑に進むための構造改革、生産性を向上させるための構造改革、コスト高を解消する構造改革、特殊法人を廃止する構造改革、郵便事業を民営化する構造改革などなど。

さらに小泉政権が成立した直後に日本経済新聞は社説で「不良債権処理という構造改革」を行えと論じて、かつては誰も「構造改革」などとは呼ばなかった不良債権の処理すらも「構造改革」と呼ばれるようになった。

結局、「構造」とは何か不都合なもの、あるいは気に食わないものであり、不都合なものを排除するのが「構造改革」だという以上の意味はもっていない。

かつて旧社会党のなかに「構造改革」派という派閥があったが、彼らが目指していたのはマルクス主義的な社会主義だった。ここでも「構造」は社会主義者が気に食わない資本主義経済であり、「構造改革」は気に食わないものを破壊すること以上の意味はなかった。

現在、こうした「構造改革」を進める竹中平蔵大臣が91年6月に主張していたことを、もう一度思い出してみよう。

「内外価格差の解消、労働時間の短縮、その他もろもろの規制緩和といった、いわゆる日本経済の構造調整は、長年の国内的課題である国民生活の豊かさの実現をはかるものである。その意味で今日の日本経済は、政策選択という点でこれ以上ない幸運な立場にあるとも言える」

この「幸運な立場」にあった日本は、日米構造協議でアメリカ側から出された要求を呑み、内需拡大、構造調整、そして規制緩和に邁進してきた。いまでは、これらの「改革」案が、当時のアメリカの政治的な都合から発せられていたことすらも忘れてしまった。

だいたい、公共投資を批判するエコノミストは多いが、それがアメリカの強い要求だったことを覚えている人は少ないのではないか。

先日亡くなった元名古屋大学教授の飯田経夫氏は『Voice』98年1月号で、次のように述べている。

「日本における経済政策論議のキーワードは、一貫して『内需拡大』と『市場開放』もしくは『規制緩和』とであった。ところが内需開放も市場開放・規制緩和も、ともに日米不均衡を原因とするアメリカの対日要求に発するものであり、ことの起こりは『日本発』ではない。‥‥はじめは日本の貿易黒字減らし策として唱えられたはずの『規制緩和』が、いまでは奇妙なことに(!)日本経済再活性化のための究極の『秘密兵器』と化し、『規制緩和』の大合唱が行われている」

その結果、バブル崩壊後のデフレ的な景気後退で内外価格差が縮小し、不況の長期化によって労働時間が短縮され、規制緩和で各地に生まれた容積率の高いビジネス・ビルは不良債権を増大させているが、国民生活の豊かさだけは、長期低落の傾向にある。


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