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  • 2008.12.16 Tuesday
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改造すべき「構造」とは何か(5)

『エコノミストは信用できるか』東谷 暁 著 2003年11月発行 より


日本は高コスト経済だから没落する?(P.126)
(要旨)
この「内外価格差」論は、さらに「高コスト経済」論として論じ続けられた。日本経済は製造に高い費用のかかる「高コスト経済」だから、産業は「空洞化」する。それを阻止するためには、日本経済を「低コスト経済」にしなくてはならない、といういうわけである。

この議論は、想像されるように、竹中平蔵氏、香西泰氏、中谷巌氏、などを中心に唱えられた。
中谷氏は、日本経済は「高コスト」だから、何らかの形で解消しないと産業空洞化を導くと主張。(「日本経済の歴史的転換、東洋経済新報社、96年4月)
香西氏は「内外価格差の問題は、日本国内における、ある産業の存立、存亡にかかわる問題に転換」したと論じた。(「論争」96年9月号)

香西氏の「高コスト」論における矛盾をついたのは、当時、長銀総合研究所副理事長だった吉冨勝氏だった。
「大きな問題点は二つある。一つは円高と高コストの因果関係についての考え方が堂々巡りになっていること。もう一つは、貿易に比較優位説を忘れ、絶対劣位説とでも名付けるべき考えに陥っていることである」(「論争」96年11月)

吉冨氏によれば、中期趨勢的な貿易収支は、構造的な「投資・貯蓄バランス」で決まり、また、円高や円安かの為替レートは、それぞれの国のインフレ率の差で決まるという。小宮氏と同じこの前提からすれば、日本が円高になっているというのは、他の国に対して貿易財の生産性を上げてインフレを低く抑えているからにほかならない。
それなのに、なぜ日本を「高コスト経済」といえるのか。

また、貿易についても、これまで花形産業であった自動車や家電などが海外に生産拠点を移しているので、日本産業は空洞化しているかのような印象をもつが、現在、日本の輸出の中心はロボットや液晶・電子デバイスなどに移りつつあるという。こうした現象は「空洞化」と呼ぶべきものではなく、リカード以来、論じられてきた貿易の「比較優位」による産業構造の調整にほかならない。したがって、これまで花形だった産業がいつまでも国内のとどまるべきだと考えるのは、貿易の原理を忘れた議論だということになる。


「私の高コスト論は仮説である」 (P.128)
(要旨)
リカード以来の「比較優位」説について
イギリスがスペインに毛織物を輸出、ワインを輸入する場合
一見、イギリスの毛織物産業の生産性がスペインの毛織物産業より高いからだと見なしがちだが、実はそうではない。
スペイン国内において、ワイン産業の生産性が毛織物産業の生産性より高い。
イギリス国内において、毛織物産業の生産性がワイン産業の生産性より高い。
この場合に、
イギリスは毛織物を輸出、スペインはワインを輸出したほうが、
世界全体でみれば、富はより多くなる。

上記の比較優位が成立するには政府などの介入がない完全な自由貿易であればという条件が必要となり、産業によっては成立しにくい、などの議論もある。

しかし、戦後の日本やアメリカの産業構造の変化をみれば「比較優位」によって構造調整が促されてきたとみなすことができる。

吉冨氏に対する香西氏の反論は「私の議論は確立された真理を説くものではない。むしろ問題や仮説を適するのがねらいだ」(「論座」97年1月号)
こうした香西氏の議論には矛盾がないのだろうか。


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改造すべき「構造」とは何か(4)

『エコノミストは信用できるか』東谷 暁 著 2003年11月発行 より


日本は物価が高いという説の錯乱(P.123)
(要旨)
アメリカが政治的意図で始めた日米構造協議は、さらに多くの奇妙な議論を日本国内に生み出した。
竹中氏の「内外格差を是正しなくてはならない」という説もその一つにほかならない。

アメリカのベイカー財務長官は、就任直後の85年2月から為替市場に口先介入を始めた。同年9月のプラザ会議で日本の同意を取り付けると、さらに激しい口先介入でドル安・円高基調を醸成していった。

もちろん、口先介入でドル安基調を作りさせたのは、あまりにもドル高になっているという認識が世界に蔓延していたお蔭だが、85年に1ドル=240円だった為替レートは2年後に1ドル120円にまで変化して、実に円はドルに対して2倍もの価値をもつことになったのである。

当時、日本人は海外に出向くと、同じ円で2年前の2倍の財とサービスを手にすることができた。しかし、その反面、製品を日本からアメリカに輸出するさいには、二分の一の値段で販売せざると得なくなった。

日本国内では消費者を中心に、「日本は物価が高い」という時間が広がり、一方製造業者を中心に「円高で輸出が難しくなった」と語る人たちが多くなった。あまりにも急速に為替レートが変化したため、認識上の混乱が生まれたのである。

この混乱を冷静に説明するのが、エコノミストあるいは経済学者の役割だったはずだろう。

ところが、香西泰氏(日本経済研究センター・当時)と中谷巌氏(一橋大学教授・当時)は、内外価格差の「克服」について、奇妙な対談をしている。
「出口があるとすれば、内外価格差を思い切って縮小すること。あるいは規制緩和で生産性をあげることでしょう。そうすると実質所得があがる」(潮、94年2月号)


内外価格差は「克服」されるべきものなのか(P.125)
(要旨)
しかし、内外価格差に問題があるとすれば、円高にもかかわらず、その差益が十分に還元されていないということに過ぎなかった。

たとえば、円が二倍の価値をもったので、同じ量の原油をそれまでの二分の一で買える。ところが原油を材料にする石油製品の価格が、少しも下がっていないというような事態である。

ところが両氏が論じているのはそうではない。内外価格差は「克服」できる、という前提で話しているのだ。
しかし、経済が「強く」なると為替レートが上がるのは仕方のないことであり、また、経済的に繁栄している国内の物価は、海外に比べて高くなるのは歴史的にみても当たり前のことだった。

香西氏、中谷氏の両氏に限らず、当時の日本では「内外価格差」のために国民は損をしているから、「規制緩和」すれば国民は損をしなくなるというエコノミストが蔓延し、国民は構造改革のひとつである「規制緩和」が、すべての問題の解決策であるかのように思い込まされてしまったのだ。

もちろん、こんなデタラメな議論を根拠とする規制緩和が日本経済の救世主となるはずはなかった。


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改造すべき「構造」とは何か(3)

『エコノミストは信用できるか』東谷 暁 著 2003年11月発行 より


経済学を知らないエコノミストVS脳死状態の投資家(P.118)
(要旨)
リチャード・クー氏に代表される議論にもっとも激しく反論し、日米構造協議でアメリカが主張した日本経済の閉鎖性を否定したのは、意外なことに国際経済学の大御所である小宮隆太郎氏だった。

小宮氏は、その国の「総投資」が「総貯蓄」を上回るときには、貿易収支は赤字になるのであって、リチャード・クー氏のいうように円高とか円安などの為替レートとは関係ない、と論じた。(「経常黒字減らしは必要か」週刊東洋経済、93年7月10日号)

「ある国の経常収支の黒字・赤字と、その国の市場の開放性・閉鎖性とは関係ない」
「米国の低い貯蓄も、財政赤字も、米国民が選んだものであり、他国が押し付けたものではない」

小宮氏の理論は国際経済学でいうところの「投資・貯蓄バランス論(IS論)に基づくものであり、とくに目新しいものではない。
これは経済収支が対外投資と等しくなるから、国内における超過貯蓄に関する次の式が成り立つ、というもの。

国内の超過貯蓄 = 貯蓄(S) −国内投資(I) = 対外投資 = 経常収支

これより、経常収支の黒字の縮小は、国内経済の投資・貯蓄バランスの変化を伴っていなければならないことが示される。
小宮氏の理論は80年代末の日本経済新聞の論調や、ボルカー両院委員会での証言とほぼ軌を一にするものであった。

これに対してクー氏は「小宮理論」を批判。
「『悪い円高』とは‥‥輸入障壁や商習慣の違いから、なかなか増えない輸入に対して、輸出が減る形で不均衡が是正される」
「ISバランスの理論が、脳死状態の投資家を前提に成り立っていることに全く気付いていない」(東洋経済新報社、94年7月)

小宮氏も反論する。
「このような理論が気に入らないのであれば、何も「小宮理論」を批判・攻撃する必要はなく‥‥国際マクロ経済学の理論一般、否、経済学の静学理論のすべてを批判・攻撃すればよかった」(東洋経済新報社、94年9月)

この論争は延々と続いた。
赤羽隆夫氏(元経済企画庁事務次官、日本の市場開放を主張する『前川レポート』を起草) → 小宮氏を批判
岩田規久男氏(上智大学教授(当時)、小宮氏の弟子筋) → クー氏と赤羽氏を批判
野口旭氏(専修大学教授) → クー氏と赤羽氏の著作を「トンデモ本」を揶揄して話題に


円安になり、クー氏の議論は空中分解へ(P.121)
(要旨)
クー氏の「悪い円高」論は、現実に為替レートが円高から円安に転換することで論拠を失ってしまった。

95年に榊原英資氏が大蔵省金融局長に就任すると、同年に1ドル79円まで高くなっていた円は、急速に円安基調に転換。榊原氏は「ミスター円」と呼ばれた。翌年には109円、98年には130円にまで下がった。

するとクー氏は次のように述べてしまうのである。
「構造改革が遅れ、国内に有効な投資先がない中で円安が進んでいる。企業も再び輸出を増やしている。ルービン長官の本音は『円安は困る』ということではないか。米国の圧力により円高反転に向かう懸念が膨らんでいる。日本は規制緩和を急ぐ一方、財政政策で国内の投資機会を増やすべきだろう」(97年3月4日、日経金融新聞)

ここまでくると、もう円高は構造改革とは関係ないと事実上認めているようなものだ。構造改革が遅れ、規制緩和も進まず、企業が輸出を増やしているのなら、クー氏の理論でいけば、円高にならなければおかしい。ところが円高にするのは「米国の圧力」だ、というのである。ここに至って、「悪い円高論」は空中分解したと見てよいだろう。

驚くべきは、この後のクー氏の論調の転換である。日本経済が健全化するために構造改革や規制緩和をすすめていたのだから、その後も構造改革論を展開するのが筋というものだが、96年頃から論点を財政出動に転換し、ついには「構造改革論者の無責任な発言」という小論を寄せるに至る。「国民を路頭に迷わせ、事態を悪化させるだけで、責任のある行動とは思えない」(週刊東洋経済、99年6月5日号)

では、バブルが崩壊して日本経済が混乱の極みにあった時に根拠薄弱な論理で「構造改革」を煽ったエコノミストの言説は「責任のある行動」だったのだろうか。いまやチャッカリと「日本の企業を復活させるまで財政出動を行え」と論じているが、その議論もいったいどこまで本気なのか判断がつきかねる。

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う〜ん‥ここでも、「構造改革」と「財政出動(経済政策)」が対比されている‥。
先日の野口教授の論だと、それは「倒錯でしかありえない」んですけどね。

詳しくは → 「構造改革」とは何だったのか


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改造すべき「構造」とは何か(2)

『エコノミストは信用できるか』東谷 暁 著 2003年11月発行 より


アメリカが日本に改革を要求した「構造」(P.114)

このとき、協議が進むにつれて膨大にあったアメリカ側の問題点の指摘は、次第に6つの要求に絞られ、アメリカの「目的」がますます明瞭になっていった。

第一が、日本はもっと公共投資をすべきだということ。下水道や道路、公園などの整備のために、3〜5年で公共投資をGNP比で10%まで引き上げるべきだ。

第二が、土地の高価格が消費抑制を導き、外国企業の参入障壁になっているので、供給促進のための土地税制を改革し、容積率などの規制緩和を実行すべきだという要求。

第三が、複雑な流通制度を改め、外国企業が参入しやすいようにすべきだということ。とくに大規模小売店法を緩和して、数年後には廃止すべきだと主張。

第四が、排他的な取引慣行を解消するため、独禁法を強化すべきという要求。たとえば「談合」の規制などを強化すべきだという。

第五が、金融や企業にみられる「系列」に対して、何らかの対策を採るべきだという要求。系列は参入障壁となり、また株式の相互持ち合いが自由な商取引を妨げているという。

第六が、内外価格差が大きく、円高差益が十分に還元されていないのは問題だと指摘。内外格差を解消すべきだと主張。

さらに、協議の進展にともなって、アメリカ側は公共投資の増額、独禁法の改正、大店法の廃止に絞り込んでいった。つまり、日本はアメリカのモノの購入を進んで受け入れろということにほかならなかった。

この協議のなかで、86年に日本が発表していた『前川リポート』が内需拡大を主張していたことをアメリカ側は繰り返し衝いてきた。内需を拡大し、海外からの参入を容易にする方針は、すでに日本側でも提示していたではないかというわけである。

当時、日本の経済進出によって職を失ったと信じるアメリカの労働者や、ゲッパート下院議員のようなジャパン・バッシングを票獲得の手段としていた政治家たちは、日本の貿易黒字をアンフェアな方法によって得た利益だと批判していた。

しかし、まともな経済的知識をもっていれば、日米貿易不均衡の最大の原因は、アメリカ国民の消費が伸び続け、その一方で日本国民の貯蓄率が高止まりしているためだと認識せざるをえなかっただろう。

事実、連邦準備制度理事会のポール・ボルカー議長は、84年7月、アメリカ議会において「直接的・間接的に、われわれの財政赤字は外国からの資本流入によって賄われている」と発言。87年2月には、アメリカ上下両院合同委員会で率直に「要するにアメリカは、個人も政府もモノをつくる以上にカネを使って、能力以上の生活をしている」とすら証言していたのである。

前出・日本経済新聞の89年8月22日社説も「日米間の貿易の不均衡は、基本的には双方の「マクロ経済政策、環境のスレ違いにある」と、ごく普通の経済的認識に立って論じていた。問題は、政治的にどこまで摺り合わせができるかということにつきた。


日経の「屈服」とクー氏の「隆盛」(P.116)

ところが、90年からの株式市場のバブル破裂、91年から始まった土地価格の急落は、日本経済の繁栄だけでなく、こうした冷静な認識すらも崩壊させてしまった。

かつてアメリカを「戒め」た日本経済新聞は、それまでの日本経済・礼賛路線から急激に路線を転換、90年6月30日の社説は「日本的商慣行から不透明さをなくせ」となり、同年9月9日には「構造協議の厳しさを忘れていないか」と題する社説を掲載して、今度は日本の読者たちを「戒め」始める。

時期を同じくして、当時慶應義塾大学助教授だった竹中平蔵氏は、91年6月刊の『日米摩擦の経済学』(日本経済新聞社)などで、アメリカに文句を言われるまえに、自主的に構造調整をしようとさかんに主張した。それが、国際経済を安定させるための日本の任務であり、その結果、日本は豊かになるというわけである。

「内外価格差の解消、労働時間の短縮、その他もろもろの規制緩和といった、いわゆる日本経済の構造調整は、長年の国内的課題である国民生活の豊かさの実現をはかるものである。その意味で今日の日本経済は、政策選択という点でこれ以上ない幸運な立場にあるとも言える」

ついに、93年9月6日付けの日本経済新聞の社説では、日米構造協議でのアメリカ側の主張をあたかも自社の社是であるかのように論じて、次のように述べるにいたる。

「日本経済は内需低迷で経常黒字が膨らみ、それが円高につながり、自動車、電機など基幹産業の不況を招くという悪循環に陥っている。円高のメリットが生かされない一方で、円高が基幹産業の実力を上回るところまで進行した。そうした仕組みを断ち切るには、日本経済を思い切って内需主導型、生活重視の構造に変えるしかない」

この時期、もっとも人気が高かったエコノミストが、野村総合研究所のリチャード・クー氏だった。クー氏も日米構造協議でのアメリカ側の主張をそのまま支持して、すでにバブル崩壊で混乱をきわめる時期に「日本は構造を変えて、内需を拡大せよ」と盛んに論じた。

たとえば『週刊東洋経済』93年10月23日号でクー氏は論じている。
「日本国内の論調が1ドル105円を割ったあたりからガラリと変わり、‥‥日本の経常黒字こそ円高の原因だという捉え方に変わってきた‥‥。さらに1ドルが100円近くになると、日本経済は規制緩和が必要だ、市場開放だという声が急激に増えていった。これらの主張は米国のこれまでの主張と同じであり、このような声が1ドル100円割れでいっそ大きくなることは、米国にとっても大いに結構なことである」

こうした経常黒字が円高の原因で、それは規制緩和と市場開放で解消すると言う主張は、必ずしも経済学的に厳密な議論とはいえない。少なくとも、リチャード・クー氏のかつてのボスだった元FRB議長ポール・ボルカーの考えとも異なっている。しかし、アメリカの強い内需拡大要求、日本政府の不本意な妥協、経済マスコミのアメリカへの追従のなかで、クー氏の主張は、あたかも現状を適切に説明しているように見えたのである。


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改造すべき「構造」とは何か(1)

『エコノミストは信用できるか』東谷 暁 著 2003年11月発行 より

改造すべき「構造」とは何か(p.112)

1ドルが何円に相当するか。その値を為替レートという。変動相場制を採用すれば、二カ国間の為替レートは、それぞれの国のインフレ率で決まると、普通の経済学教科書は教えている。
アメリカがものすごいインフレになったのに、日本の物価がほとんど横這いであれば、ドルはどんどん安くなり、したがって円はどんどん高くなる。

一方、現実に為替レートの変動を観察してビジネスに役立てようとする人たちのかなりの部分は、貿易の黒字・赤字の大きさを見て為替レートの動きを判断しようとする傾向が強い。アメリカの貿易赤字が累積し、日本の貿易黒字が累積すると、ますますドル安円高になると考えるのだ。

しかし、いずれの場合でも、ドル安円高が「日本は卑怯だから」とか「日本の構造がおかしいから」という議論には直接結びつかない。むしろ、「アメリカの経済政策は失敗している」とか「アメリカは過剰消費だ」という議論のほうが、まだ妥当性をもつ。
さらに、現在のように各国通貨が投機の対象となってしまえば、為替市場には別の思惑も働くだろう。

ところが、どういうわけか90年代に入ると、日本では前者の議論ばかりが隆盛をきわめたのである。


すべては日米構造協議で始まった(p.113)

すでに第3章で見たように、97年の橋本財政改革は「行政構造改革」とも呼ばれ、日本の行政も財政も「構造」そのものを改革するとの意気込みでなされたものだった。しかし、実際に行われたのは、官公庁の名前を付け替えただけの再編と、危機的状況の中で行われた自殺的な財政縮小に過ぎない。

それ以後も「構造改革」は繰り返し唱えられ、2001年4月に成立した小泉政権は「構造改革無くして景気回復なし」と宣言して、構造改革路線をひたすらに突き進んだ。その結果がさらなる長期停滞である。

そもそもこれまでいわれてきた「構造」とはいったい何だったのだろうか。それを知るためには、89年から90年にかけて開かれた日米「構造」協議にまでさかのぼる必要がある。

この日米構造協議は、87年のブラック・マンデー以後、経済停滞にあえぐアメリカ政府が、財界の要請や世論の圧力に押されて、日本から経済的妥協を引き出すため開催を強く日本に要求したものだった。

すでに日本の貿易黒字は膨大な額に達し、逆にアメリカの貿易赤字も巨大なものになっている。この「貿易不均衡」を解消しなければ、世界経済は健全に進展しないというのが、アメリカ側の主張にほかならない。

このときバブルの絶頂にあった日本は、アメリカ側の意図を読み誤った。ふたを開けてみるとアメリカ側は全部で200項目以上もの問題点を提示したのに、日本は十数項目に過ぎなかったといわれる。また、マスコミの予想も、全く甘かった。

ことに甘かったのが日本経済新聞で、89年8月22日付けの社説では「構造協議への米の期待過剰を戒める」とのタイトルで、「米側の期待があまりにも大きく、まさに過剰期待になっている」と指摘、「9月から本格的に始まる日米構造協議には、貿易不均衡の是正には限界があるという認識をしたうえで臨んでほしい」と要請していた。

ところが協議が始まってみるとアメリカ側は強引で、一方的にアメリカのペースで進められていく。日本経済新聞は翌年4月6日の社説で「日本側の認識が甘かった構造協議」と題して「日本側が協議について楽観的な見通しを持ち過ぎていた」と批判。しかし、楽観的だったのは同紙も同じだったのである。


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「構造改革」とは何だったのか

昨日ご紹介した野口教授は、「構造改革」とは何だったのか、をとてもわかりやすく説明されています。

「経済学を知らないエコノミストたち」野口旭 著 2002年6月発行 より

構造改革とマクロ経済政策(P.46)
(略)

いわゆる「構造改革論」に対する私の批判は、「構造改革とマクロ政策の政策割り当てを取り違えるべきではない」ということに尽きる。

つまり、構造改革は構造問題を解決するための処方箋であり、マクロ経済政策はマクロ経済の安定化、すなわち景気の調整のための処方箋ということである。

そして、その観点からすれば、「構造改革なくして景気回復なし」というスローガンは倒錯としかいいようがないのである。

端的にいえば、構造改革とは、資産配分の効率性改善へのインセンティブ(誘因)を生み出すような各種の制度改革のことである。

たとえば、公的企業の民営化、政府規制の緩和、貿易制限の撤廃、独占企業の分割による競争促進などがそれにあたる。

それらは、一国の希少な生産資源、すなわち資本や労働などの、より適正かつ効率的な利用をうながし、潜在GDPないし潜在成長率の上昇に寄与する。

つまり構造改革とは、経済の効率性向上をつうじたサプライサイド(供給側)の強化策である。

それに対して、現実の成長率が潜在成長率と乖離しているときに必要になるのが、マクロ経済政策である。

現実成長率が潜在成長率を下回るということは、経済全体の総需要が総供給(=潜在GDP)に対して不足していることを意味する。

つまり、デフレ・ギャップが存在しており、デフレと失業が発生する。それが「不景気」である。

逆に総需要が総供給を上回り、インフレ・ギャップが存在するときには、インフレが発生する。それが「景気過熱」である。

マクロ経済政策とは、総需要の調整によってこのGDPギャップを縮小させ、適正なインフレ率と失業率(自然失業率)を達成し、さらにそれを維持する政策である。

換言すれば、現在成長率を潜在成長率に近づけ、景気を平準化させ、所得、物価、失業率を安定化させるのが、マクロ経済政策の役割である。

この両者の関係は、マクロ経済学の基本的枠組みの一つである総需要・総供給(AD-AS)分析を用いることで、容易に理解できる(「キーワード解説3」参照)。

潜在GDPとは、長期総供給曲線に対応するGDPであり、それと現実GDPとの差が、デフレ・ギャップである。このデフレ・ギャップが拡大すればするほど、物価は下落し、失業が拡大する。

これはまさに、90年代の日本経済そのものである。

重要なのは、この状況でいくら「構造改革」を行っても、デフレの阻止や失業の解消にはつながらないということである。

上述のように、構造改革とは潜在GDPを拡大させる政策であり、それは総需要・総供給分析の枠組みでいえば、長期供給曲線を右にシフトさせるということに他ならない。

その場合、総需要が一定であれば、デフレ・ギャップは確実に拡大するから、デフレと失業はさらに深刻化する可能性が高いのである。

もちろん、構造改革と同時に需要拡大のための十分なマクロ経済政策を実行すれば、このような問題は生じない。

そして、適切なマクロ政策によってGDPギャップさえ解消できれば、潜在成長率の上昇それ自体はきわめて好ましいことである。


不況の原因にはなり得ない「構造問題」(P.140)
(略)
そもそも、「戦後日本経済の成功は官僚主導の日本的システムによるもの」という考え方自体が、実は非常に疑わしいのである。

日本株式会社の典型とされてきた通産省の産業政策についても、経済学者の多くは、その役割をきわめて否定的にとらえてきた(この点は野口前掲書も指摘している)。

大蔵省の護送船団方式にしても、それが非効率の温床にすぎなかったことは、今となっては明白であろう。

冷静に振り返れば、こうした官僚優位や過剰規制の弊害は、現在よりも過去の方がはるかに甚だしかった。にもかかわらず、過去の日本経済は成長し、現在は停滞している。この事実は、これらの要因がこの十年の不況とは無関係であることを示唆する。

-----

ようするに、「構造改革は単なる制度改革で、経済政策ではない」、ということです。‥言ってしまえば、身も蓋もないフレーズですねぇ‥はぁぁ〜。

非常に野口教授のご説明はわかりやすいと思うのですが‥2002年頃に、テレビでこのような説明をしている方を見たことが無い。

構造改革とは、供給側(たとえばメーカー)の効率を図ろうとするもの。制度改革すればするほど、供給力と対応する「潜在GDP」はますます増えていく。

不景気は、需要側(たとえば消費者)の購買力が、増えてしまった「潜在GDP」よりも下回っていること。とりあえず、手持ちのお金が増えなければ、購買力はあがらないから「現実GDP」は増えない。

よってますます「現実GDP」と、景気の理想である「潜在GDP」との乖離は進む。
ますます不景気になる。

‥っていうことですよね?!野口教授!

なるほど、まさに『「構造改革なくして景気回復なし」というスローガンは倒錯としかいいようがない』です!!

でもこのフレーズにほとんどの国民が熱狂していました。
「構造改革」=官僚国家を改革すべきだと誰もが思っていたから。そしてその先に、景気回復があると信じていた。

そしてそれは、マクロ経済学では全く成立しえないフレーズであった、と‥。


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トンデモ・エコノミストが多すぎる

昨日に引き続き、エコノミストについて考えてみます。以下の書籍でも、いわゆる「エコノミスト」と呼ばれる人種に対して苦言を呈しています。

「経済学を知らないエコノミストたち」野口旭 著 2002年6月発行 より


経済学を無視する無謀な「経済専門家」(P.61)

私の仕事は、大学で経済学を教えたり研究したりすることであるから、一応は経済の「専門家」である。

しかし世の中には、私のような大学関係者以外にも、数多くの経済専門家がいる。マスメディアに登場して経済問題の解説をしたり、ビジネスマン向けの経済誌に論文を書いたりしている人々である。

なぜか日本では、大学関係者は「経済学者」、そしてマスメディア関係者は「エコノミスト」と呼んで区別するのが習わしになっているが、そのような区別に本質的な意味があるわけではない。
(略)
ところで、マスメディアに頻繁に出てくる経済専門家は、「経済学者」よりもいわゆる「エコノミスト」の方が圧倒的に多い。

経済学者は、現実的というよりも原理的・理論的な研究に従事しているケースが多いのだから、これはある意味で当然である。
「科学者と技術者」と同様に、「経済学者とエコノミスト」の間にも一定の分業があってしかるべきであろう。

問題は、現実の分業関係が、本来の姿とはかけ離れているところにある。
医学なき医療は「まじない」であり、科学なき工学はただの「トンデモ」であろう。

しかし、このまじないやトンデモに類する「経済学なき経済論議」がいわゆる「経済論壇」にはあまりにも多いのである。

それどころか、「経済学は間違っている」と堂々と公言する人さえいる。それは私は、トンデモ・エコノミストであることを自ら宣言しているに等しいと思われるのだが。
(略)


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エコノミストの正体

以前に「えせエコノミスト」がテレビで大手を振ってコメントしているから、世論が惑わされるのではないか、ミスリードされているのではないか、とブログに書いたことがありました。

昨日の『エコノミストは信用できるか』の中に、時系列で各エコノミストの意見の変遷(!)を明らかにしている部分がありますので、ご紹介します。

『エコノミストは信用できるか』東谷 暁 著 2003年11月発行 より


繁栄したのはエコノミストだけ(P.13)

90年代のバブル崩壊後、日本経済が低迷するにしたがい、ほとんどの分野が縮小を余儀なくされたにもかかわらず、逆に経済が低迷すればするほど拡大を続け、わが世の春を謳歌した市場がある。「エコノミスト」あるいは「経済評論家」と呼ばれる人たちの市場である。

官庁エコノミストの原田泰氏は「この10年は、日本経済にとっては不幸な10年だが、日本の“経済学”にとっては『豊穣な10年』の開始となる可能性がある」と述べ(週刊ダイヤモンド99年3月13日号)、また、JFJ総合研究所の山崎元氏は「ある意味でエコノミスト自身が、自分たちの仕事の有効需要を作り出してきたのかもしれません」と語っている(『文芸春秋』2002年12月号)。

毎日、失業の不安に慄くサラリーマンや、借金の返済に追われる中小・零細企業経営者が聞いたら、「肝心の経済のほうはどうなんだ、日本のエコノミーはどうなんだ」と言いたくなる発言というべきだろう。

しかし、こうした発言はエコノミストからすれば実感をともなったきわめて自然なものだったに違いない。財政出動、財政構造改革、不良債権処理、金融緩和などなど、次から次に登場した日本経済回復の処方箋について、エコノミストたちは賛否を論じて倦む事がなかった。

エコノミストたちはにとっては腕を振るうべき舞台が急増し、さまざまな説を述べれば述べるほど、それが新しい論争を呼ぶという事態だった。

ある資産運用コンサルタントから聞いた話では、エコノミストや経済評論家から資産の運用の相談を受けることが多くなったという。「いまエコノミストや経済評論家は景気いいですよ。どうですか、あなたも」と言われた。テレビ、新聞、雑誌からの引き合いが多く、そのお蔭でエコノミストや経済評論家の経済は好況になったわけだ。

その結果、日本経済は回復しただろうか。少なくともいまのところ、本格的な回復にはほとんど遠く、さらに経済回復の論争事態が袋小路に入っているように見える。経済学が豊かになったのではなくて、エコノミストたちが豊かになったのである。


公衆インテリ市場の構造(P.16)

アメリカの法律家・評論家のリチャード・ポズナー
『パブリック・インテレクチャルズ−その衰退の研究』(ハーバード大学出版)のなかで「公衆インテリ市場」の均衡について論じている。
(略)
「正常」需要側を、だいたい次のように述べている。
「マスコミは彼ら自身が主体的な需要側にいるというより、視聴者という需要を公衆インテリという供給側につなぐパイプというべきだろう。もしエコノミストが『この料金は適切ではない』ことを論文で明らかにしたとしても、視聴者からすれば興味深いけれども、単なるデータ以上のものではない。しかし、視聴者に伝達するのがずっと上手いマスコミ関係者なら、この事実をわかりやすく報道することができるだろう」

次に「正常」な供給側はどうだろうか。
「マスコミは、公衆インテリと共生的な関係を維持している。マスコミは膨大な印刷物と電子媒体のスペースを埋めなくてはならない。公衆インテリは、彼自身のためと彼が書いた本や大衆向け発言のためにパブリシティを望み、テレビやラジオのトークショウに出演したり、出版物に書き物を発表したがる」

この需要と供給の交差するところに均衡が生まれるわけだが、ここにいたるには両方の側で問題がいくつもある。たとえば、需要側では分かりやすいデータを何よりも好むようになるし、供給側では受け入れられやすい発言をしがちになる。また、両方に共通するのは「安価にすませたい」というインセンティブが強く働くことである。

「われわれは社会的に価値ある生産物を生み出すという観点から、公衆インテリ市場がうまく機能しているかを考えねばならない。‥‥しかし、公衆インテリの仕事が情報であって、娯楽や商品としての価値が重視されるのでないとすれば、この市場は十分に機能しているとはいいがたい」

というのは、何より「公衆インテリ市場では品質管理がまったく存在せず」、そのため「彼らの言説がきわめて極端なものに傾きがちとなるからである」。
かくして公衆インテリ市場は社会的に価値ある情報を多く生み出すことができず、「市場の失敗」が常につきまとうことになるのである。


市場の「テーマ」はどこから来るか(P.18)

ポズナーは、標準的な市場モデルをもとに話を展開しているので、あたかも需要側も供給側も「共生」のなかで同じ市場支配力をもっているかのような印象を受ける。しかし、この10余年を考えれば分かるように、エコノミストの市場においては論調がしばしばワンパターンになることが多い。これではとても市場が成功しているとはいえない。
(略)
ここで試みに、最大の経済情報生産企業である日本経済新聞社の記事データベースで、いくつかのテーマについて登場頻度の推移を見てみよう。

「財政出動」
90年 4件
93年 134件
95年 137件
96年 84件 ← 財政構造改革が叫ばれた
97年 336件 ← 金融危機はじまる
98年 512件 ← 橋本政権崩壊

「財政改革」
94年 325件 ← 急伸
96年 728件
97年 1230件
98年 573件 ← 小渕内閣成立
99年 323件

「IT革命」
90〜95年 0件
96年 2件
97年 1件
98年 15件
99年 54件
2000年 905件 ←激増

「量的緩和」
90〜97年 ほとんど一桁、多くても12件
98年 73件
99年 437件
2000年 107件
2001年 962件 ← 急伸

もちろん、これだけのデータから、経済論争を日本経済新聞社が支配しているなどという気は毛頭ない。経済事件の発生は、日本経済新聞社といえどもコントロールすることなどできないからだ。

しかし、頻度数を手がかりに経済マスコミ全体の論調を振り返ることで浮かび上がってくるのは、この新聞社が時々のテーマをかなりの程度リードしており、場合によれば意図的に煽り、さらにテーマの解釈を流布してきたのではないかとの疑惑である。

たとえば「日本的経営」を見てみよう。これは厳密にいって「経済事件」ではないから、特に取り上げたとすれば意図的だといえるだろう。
85年 126件
86年 154件
87件 154件
88件 199件
89年 200件 ← 最初のピーク・日本的経営を賞賛する頂点
90年 148件 ← 株価暴落
91年 194件
93年 228件 ← 80年代の水準を超える・日本的経営を批判する頂点
94年 142件
95年 141件
96年 97件
97年 112件
98年 86件
99年 91件
2000年 55件
2001年 39件

もちろん読者の推察どおり、個々の記事に当たれば89年のピークと93年のピークは、意味がまったく異なっていることが判明する。
89年は日本的経営を賞賛する頂点で、ロンドンのブティックに日本資本が少し入っただけで、「日本的経営をミックス」などと報道していた。
93年はまったく逆に日本的経営を批判する頂点で、「ゆらぐ日本的経営」などの記事が次から次へと掲載された。

たった4年の間に日本経済新聞社は「日本的経営」の解釈を、過剰ともいえる絶賛から過剰ともいえる否定に180度変更し、エコノミスト市場での論点を「日本的経営」から「アメリカ型企業統治」に塗り替えていったのである。


市場外部の要素に従順なエコノミスト(P.20)

エコノミストの発言に大きな影響力をもつのは、経済報道で他を圧倒してきた新聞社だけではない。前述の小塩氏は『市場の声』のなかで「エコノミストの言説や新聞・雑誌の報道ぶりは、なぜこれほどまでにパターン化するのか」と問題を提起し、「その中身をよく吟味するとどう考えても整合的でない部分がある‥‥手厳しい政策批判のなかにも、結局のところは政府頼りの心理が潜んでいる」と指摘している。

日本のエコノミストは、しばしば政府の政策を厳しく批判するが、検討してみると政府が打ち出した方針に対して従順だというわけだ。これは先の財政出動、財政改革、IT革命、量的緩和についても当てはまることで、政府が何か新しい施策を打ち出すと、先を争ってその宣伝に努め、その結果を先取りするような発言が横行することになる。

たとえば「規制緩和」や「ビッグ・バン」についても、この傾向は強かった。規制緩和が政策に盛り込まれるとみるや、「規制緩和でジュースのなかにもビタミンが入る」「規制緩和で世界中の製品が買えるようになる」と煽り、ビッグ・バンが予告されると「ビッグ・バンで海外の高い利子を利用して蓄財できる」「ビッグ・バンで国内でもドルで買い物ができる」などと宣伝したのは、日本のエコノミストたちだったのだ。

エコノミストたちが発言の指標としているのは、経済マスコミや政府の方針にとどまらない。さらにアメリカの動向にも熱心に耳を傾けている。いや、多くのエコノミストにとって、最大の基準はアメリカの動向だとすらいえるだろう。

この強力な指標には2つのレベルがある。ひとつはアメリカ政府の「政策」である。89年から90年にかけて開催された「日米構造協議」を持ち出すまでもない。日本政府がどのような経済政策を採用するかは、アメリカ政府が何を日本に要求してくるかで決まる。

それは内需拡大といって大枠の要求から始まって、通信回線の接続料の値下げまで、アメリカの意図を先読みすれば、エコノミストの「予測」能力は飛躍的に向上する。

90年代、アメリカの民主党政権は時刻のマクロ政策では「財政緊縮・金融緩和」が基本となっていたが、日本に「財政拡大」による内需拡大を要求した。というのは、利害調整や効果速度を考えると、政治的には財政拡大のほうが手っ取り早いからだ。

2000年に共和党政策に代わるとアメリカの経済学者たちは盛んに前政権の誤った経済政策強制を告発するようになった。しかしこれなど、アメリカの政府のみならず、経済学者もご都合主義だったことを示す例といえるだろう。

アメリカが最大の基準であるのは、政策レベルだけではない。科学的客観性をもつように見える「アカデミズム」の経済学においても、その傾向が強い。代表的なのが、最近お「インフレ・ターゲット論」で、この議論を最初に提示したのが、アメリカの人気経済学者ポール・クルーグマンでなかったら、ここまで日本の経済学者たちの関心を支配したかは疑わしい。

さらにアメリカの代表的なインフレ・ターゲット論者ベン・S・バーナンキが2002年5月に連邦準備制度理事会に入ると、日本のインフレ・ターゲット論者たちは、時節にお墨付きを与えられたかのように沸き立った。本当の効果が照明されていない学説で、ここまで盛り上がりをみたのは、20世紀初頭のマルクス経済学研究者がロシア革命やドイツ革命の開始を聞いたときくらいだろう。


バブル崩壊によっても価値が暴落しない人たち(P.24)


「人気エコノミスト20人 本当の実力」(文藝春秋 99年8月号)
「エコノミスト25人の値打ち」(同 2001年7月号)
「精鋭エコノミスト10人の『緊急提言』(諸君!2001年5月号)
「誰が日本経済を救えるのか!」(日本経済出版社)
(略)
(著者が上記のリポートを発表したところ)
ある経済評論家から「私に何か恨みでもあるのか」で始まる手紙が送られてきた。ここまでは、覚悟していたことなので驚きはしなかったが、その内容には驚かざるをえなかった。

手紙の主は「マスコミ露出度でエコノミストの評価が決まる」とあっさり認め、「私は90年代以降テレビ、ラジオ、新聞、雑誌等のメディアのの登場回数で上位5位にランクされる」と自画自賛。

さらには、「エコノミストとして立つためには、状況を読んで方向を決めたら声高に語気強く主張する、前に何を言ったかに関わらず時によっては平気でウソを吐く精神力の強さも持ち合わせなければディベートに勝つことはできない」と私にエコノミストの心得を説教していたのだ。

このエコノミストの発言や著作を検討すれば、ここでいう「状況」とは、経済そのものではなく、「エコノミストの市場」の「状況」に過ぎないことはすぐにわかる。経済減少を視ていたのではなく、エコノミストの声の需要状態を見ていたのだ。だいたい、私はこの人物が本当の意味でディベートを行っているのなど見たことがない。

しかし、さらに驚いたのは、主張に一貫性のあることで知られるエコノミストに、名前は伏せて手紙について話したところ、このエコノミストは手紙の主にかなり同情的だったことである。彼もまた、マスコミから自分の主張とは関係なく、支配的な論点を肯定的に論じて欲しいと要求されて困ることが多いと語っていた。こうした事実にも、エコノミストの市場の失敗が如実に表れているというべきだろう。


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金融検査マニュアルとは何だったのか

菊池教授が「中小企業を破滅に追い込む」と強烈に批判している金融庁の指針のもととなった「金融検査マニュアル」というものがあります。これがなぜどのように作られ、運用されるようになったのか、別の本からご紹介します。かなり省いたところもあるので^^;詳細についてはぜひ本書をご覧ください。

『エコノミストは信用できるか』東谷 暁 著 2003年11月発行 より


金融検査マニュアルの論理と現実(P.184)
(要旨)
99年7月から金融機関管理行政の中心的役割を担っている金融検査マニュアルというものがある。

このマニュアルは金融監督庁傘下のプロジェクトチーム、金融検査マニュアル検討委員会により作成された。チームの中心的役割を担ったのは、後に「竹中チームのエンジン」と言われた、KPMGフィナンシャル代表の木村剛である。

結果的に中小企業を破綻に追い込むことになったこの金融検査マニュアルは、アメリカ連邦準備制度理事会の『商業銀行検査マニュアル』を元としている。
その概要は、『金融機関が融資した企業の財務諸表に現れた赤字と債務超過を中心にして企業を区分けし、不良債権か否かを判断する。その債権のリスクの度合いに合わせて、銀行に貸倒引当を命じるもの』である。

ここで大事なことは、この『商業銀行検査マニュアル』は、自己資本比率は平均で45%前後であるアメリカの中小企業を想定して作られたものである、ということだ。そのため、このマニュアルがアメリカの中小企業に適用されても何ら問題はない。

しかし日本では事情が変わってくる。日本の中小企業では自己資本比率の平均は15%なのである。
これはアメリカに比べ日本が劣っているわけでは決して無く、日本とアメリカとの税制の違いから生み出された結果と言ってもよい。日本では資本と内部留保を蓄積するより、経営者や家族の資産として蓄積した方が税制上有利なのだ。

当然、施行前から日本の中小企業向け融資に『金融検査マニュアル』が適用されると、ほとんどの中小企業が問題企業のように見えてしまうということは危惧されていた。

ところが、金融庁は多少の語句を変えただけで、その「欠陥品」を現実の金融行政に用いていった。

木村剛氏は中小企業への過酷な金融行政になるとの憂慮を否定して次のように述べている。
「実際、検査官の関心は、中小企業向け貸出における数多くの小玉不良債権ではなく、ノンバンク、ゼネコンなどの巨額な不良債権の塊である。‥‥基本的にターゲットはバブルにまみれた大玉不良債権である。一千万単位の貸出が複数焦げ付いたところで銀行の屋台骨は揺るがない。だから、銀行監督あるいは銀行検査の立場からは、中小企業をいじめるという発想は出てこない」(「新しい金融検査の影響と対策」99年5月)

しかし、実際に起こったのは、大玉不良債権はいつまでも処理されず、小玉不良債権を次々と処理するという「中小企業いじめ」だった。
なぜ、こんなことになったのだろうか。


貸し過ぎだったから、貸し渋りは当然?(P.186)
(要旨)
不良債権処理を、単純に「貸した企業から返してもらう」ことであり、「回収できない金融機関はごまかしている」と捉えるエコノミストが多い。

竹中平蔵氏「『貸し渋り』減少は、かなり長期にわたって続く、構造的な問題」(「ソフトパワー経済」99年12月)
伊藤元重氏(東京大学教授)「銀行の資金の健全化と中小企業への潤沢な資金供給という二つのあい矛盾することを銀行に求めることは不可能」(静岡新聞、2003年5月21日)

しかし、こうした「貸し過ぎ」論は、あまりにも現場を知らない者の空論だと、竹内英二氏(国民生活金融公庫総合研究所)は指摘する。

「金融機関は、回収すべきところから回収するのではなくて、回収しやすいところから回収する。‥したがって、これはあまりに傍観者的な、中小企業の事情をまったく考慮していない議論であるといえよう」(「中小企業金融入門」2002年9月)

前述の木村剛氏は、マニュアルが実際には大企業に甘く、中小企業には厳しく使われるようになると、金融庁に批判的になり、大企業30社への甘い引当が問題だと言い出した。

「普通の場合、誰がどう考えても『まずは大手問題先30社の引当不足を解消せよ』と指示するだろう。まかり間違っても、『大手問題先30社の引当をすると、資金不足が明らかになってしまうので、中小企業1千社の方からやれ』などとは言わないはずだ。しかし、わが国の金融庁は、『まずは、中小企業1千社を直接償却して潰してしまえ』という方針を掲げている」(「日本資本主義の哲学」2002年9月)

木村剛氏のもともとの発想は『金融検査マニュアル』で「回収すべきところから回収する」ことを目指すものだったのだろう。

しかし、現実に起こったのは、木村氏が作った『金融検査マニュアル』の過酷な運用で、現実以上に否定的評価を与えられた、中小企業という「回収しやすいところから回収する」現象だった。


デット・ディスオーガニゼーションが日本を蝕む(P.188)
(抜粋)
まず、大手の銀行に巣くった大玉不良債権の処理を行って、しかる後に中小地域金融機関にちりばめられた小玉不良債権をの処理に取りかかるべきだという説は、小林慶一郎氏(経済産業研究所)からも提示されている。

「重要なことは、大手企業と中小企業で健全性の把握の方法を区別することです。大企業の融資は個々の企業の健全性をしっかり見ていけばいい。しかし、中小企業相手にそれをやると結局はどこにも貸せないということになってしまう。中小企業に対しては、融資審査とリスク管理の方法を根本的に変える必要があるのです」(「文藝春秋」2002年12月)

小林氏が提示している中小企業向け審査およびリスク管理は「銀行の支店ごとに、中小企業50社、100社をまとめて、全体を統計的にリスク管理する」。
この方法はすでに銀行やノンバンクの一部が取り入れており、これを中小企業向け融資に関して、一般的な方法にしようということだ。


りそな処理は木村プランの延長線上にある(P.192)より抜粋

いまだに竹中チームが提示した「不良債権処理」とは、「日本経済に巣くった不良債権をなくすこと」だと信じ込んでいる人が多いが、そうではない。
竹中チームの「金融再生プログラム」は、巨大な不良債権を抱えていつ何時破綻しかねない大手銀行のリスクを除去するための緊急措置に過ぎないのだ。

つまり根本的な景気回復策ではなくて、金融システム安定化策の一部なのである。

−−−−−

やはり、金融庁‥。
無くなってくれ、お願いだから。

大型不良債権を明るみに出し、銀行の健全化を目指すための施策が、中小企業いじめに変貌してしまう‥恐ろしい手口としかいいようがない。

成果主義、取り入れたんですかね?
大口でも小口でも不良債権なくせば、達成率が何%とか。

日本経済の未来、とか、国民生活の安定、とか、
そんな視点が全く欠けているから、こんな行政指導を平気でやるんじゃないですかね。

このブログの最初の方でも書きましたが、
経済は経営とは全く違うのです。もちろん家計とも。
支出を減らすことは、国民の収入が減ること、なんです。

‥あ、国自体の支出である「消費項目」はどんどん減らして結構、というか減らすべき!
人件費、高すぎですから!!

年収ラボ http://nensyu-labo.com/公務員の給料&年収」より



結局「財政改革」しても、官僚は自分たちの予算減らさないために、
すごいことやってるんですよね‥詳細はまたご紹介したいと思います。


JUGEMテーマ:経済全般



内需拡大こそ日本が生き延びる道・世界から尊敬される国民に

『増税が日本を破壊する〜本当は「財政危機ではない」これだけの理由〜』菊池英博 著 2005年12月1日発行 より


内需拡大こそ日本が生き延びる道だ(P.231)

日本が戦後の苦難の道を乗り越えて、世界最大の債権国に成長してきたのは、従業員と国内需要を重視した経済政策と労働政策を採用してきたからである。1960年代から1970年代にかけて、日本でもかなり厳しい労働運動があり、組合は賃金の引き上げと労働時間の短縮を求めて経営者側と労使交渉を展開した。そうした状況のなかで、経営者や政府与党が基本的に組合の要求に応じたため、労使間の調和が醸成されて、内需の拡大につながったのである。

戦後に日本では、三種の神器と言われたクーラー、カー、カラーテレビ(3C)をはじめ、多くの電気製品や自動車が国内需要に支えられて成長し、生産製品の7割近くを国内で販売できたのである。これで投資の償却が促進された。また、1960年代後半は「損して将来のために輸出する」時代であった。これらはすべて旺盛な内需が国内産業を支えた結果である。

こうして、国民の9割が「私は中産階級」と誇れる国になったのである。これが今日の日本を支える原動力である。これほどよい国が、他にあるであろうか。日本は理想的な国家ではないか。

ところが、ここ数年、無用の緊縮財政で勤勉な国民がリストラに陥り、貧富の差が拡大し、勤勉なサラリーマンが苦境に追い込まれている姿は、内需に支えられてきた日本経済を根底から崩壊させるものである。

しかもカネは有り余っているのに自分のために使おうとせず、まさに国家を破滅に陥れんとするがごとき政策がとられていることは嘆かわしい限りである。こうした面からも、内需の必要性を改めて認識すべきである。内需を抑制していることが、諸悪の根源である。

読者のみなさん、良き日本を取り戻すために、努力しようではありませんか。


世界から尊敬される国民になろう(P.232)

本書の冒頭で述べたとおり、日本は世界の笑いものである。世界一の金持ち国家が、自分のために自分のカネを使わないために、財政赤字が拡大し、政府債務が増加していく。そのツケを大増税で国民に転嫁しようとしている。国内は活力を失い、気力を喪失している若者や勤労者(サラリーマン)が多い。識者の多くは、未来を憂いて立ちすくみ、具体策を持てないでいる。こうした風潮を是正させるにはどうしたらよいか。

経済を思い切って活性化させ、働く者に生活を保障しうる経営方針を呼び戻し、日本のよき伝統の上に立って、日本を再構築することである。欧米の手法や理念は、日本に適合するものは採用し、そうでないものは取り入れないことだ。これが賢明な選択であり、日本を世界から尊敬される国にする道である。


ちょっと道草(5)(P.233)
「アメリカン・カルチャーを大切にするアメリカ」
ニューヨーク株式市場のフィンガーサイン継続は雇用対策

私は、毎年学生を連れて東京証券取引所へ見学に行く。以前は広い立ち会い所があり、立会人が指で売買の依頼を伝えていた。手で指図する方法(フィンガーサイン)は実に面白かった。

たとえば、ある船会社は船の絵を描き、そこで売り手は手を押し、買い手は手招きする。売買が活性化すると、大声をあげて歓声が起こる。ところが、数年前にすべての売買をコンピュータ化したために立ち会い所がなくなり、今では売買結果が丸い回転輪の電光板に出るだけだ。殺風景でつまらない。

ところが、ニューヨークの株式市場では、今でもフィンガーサインを継続しており、いつも立ち会い所は活況である。

そこで、ウォールストリートで働くアメリカの友人に「日本では立ち会い所を廃止し、すべてコンピュータ売買にしてしまった。どうしてアメリカでは立ち会い所を残し、しかも、フィンガーサインでやっているのか?」と聞いてみた。

その友人いわく、「雇用対策だよ。立ち会い所には数百人もの人が働いており、単に人件費が削減できるという理由だけでは人を切ることができない。それに実は立ち会い所ではコンピュータでは聞けない情報が交換されている。これがアメリカン・カルチャーなんだ」。

アメリカでは、雇用は大統領の最大の課題であり、景気が悪くなって雇用が減ると、現職の大統領が次の選挙で落選する。こればかりではない。「アメリカン・カルチャーだ」という言葉に感心した。コンピュータでは聞けない情報が得られる場所として、立ち会い所を重視しているのだ。日本では効率一点張りで、立ち会い所を廃止し、カルチャーもなくしてしまった。アメリカと日本のどちらが賢明なのか、考ええさせられる。


おわりに(P.234)

未来にすくむな、日本国民
危機を煽るよりも、知恵を出して未来を切り開こう


本書を読んでくださった読者の方々は、目から鱗が落ちる思いをされたのではないか。ここ数年の異常な時代が、いかに虚構に満ちたものであるかが実感として感じられるであろう。日本のよき伝統と文化が蹂躙され、日本の実情に合わない手法で日本のシステムが破壊されて、なにもよくならない。すべては政策の失敗からきている。適切な情報が伝えられない時代には、国民一人ひとりがよほど努力しないと、騙されてしまう。政策の失敗のツケが大増税なのだ。

本屋に行けば、今にも日本が破滅しそうな本や、日本が陥没しそうなハルマゲドン(世の末)の本が氾濫している。とくに財政問題では、政府の増税路線を支持する記事が多く、国民をマインドコントロール(心の底まで支配してしまう)にかけて、増税路線を突っ走ろうとする魂胆のようだ。

こうした本は、現在の日本人がいかに危機を乗り切る知恵と意欲に乏しいかを世界に示しているだけで、恥ずかしい限りだ。しかも、こうして日本を卑下する本は、日本国民にとって大変有害である。つまり、事実の全貌を知らされていない国民は、未来を憂いて元気を失い、その上、大増税をぶつけられるのでは、生きる気力さえも失ってしまうだろう。

「日本には十分カネがある。財政危機ではない。増税はおかしい。すでに年金保険料と福祉厚生費を含む税率はアメリカ以上で、増税する必要はない」「財政規模が小さすぎる。政府の財政支出が適正でないことが問題なのだ」と日本政府の誤りを直言してくれるのは、海外の学者と識者しかいないのである。


「未来にすくむな、日本国民!」
幸いなことに日本には、われわれの預貯金が十分ある。知恵と勇気を出して、そのカネをわれわれ国民のために使わせるように行動すべきなのだ。政府が政策を転換して自分のために自分のカネを使う政策をとれば、不況や失業、デフレや高齢化、少子化問題は吹き飛んでしまう。次々と危機を唱えるよりも、行動することだ。われわれの伝統ある日本を取り戻すために、まず増税をやめさせることから始めようではないか。

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